回復の道を歩いているアルコール依存症者です。かつて借金もありましたが解決しました。

私自身の依存症や借金問題の体験を綴っていきます。 記事にあるグループ、施設、運動体は、運営も組織も別になっております。 広告が表示されていますが本文記事とは全く無関係です。関係ないですよ〜。

処方薬依存症の「家族」の立場に

私の両親は戦前生まれで、我が家にはやや機能不全家族のきらいもあったが

私の場合は、ステップの中で解消できる程度の問題だったようで

ACであるとか〝当事者の家族〟という視点に立ったことがない。

それは永遠に無縁な立場のようにも思ってきた。

それが、ここにきて

〝処方薬依存症者の家族〟という立場になった。


母が以前から、ある薬を処方してもらっているのは知っていた。

内科の先生に、不眠や不安を訴えたら〝副作用があまりない〟とのことで

ある薬を処方してくれたそう。

母は若い頃から、お酒もダメで薬もほとんど飲まないタイプ。

頓服程度のようだし、医者が出す薬なのだからと、私も心配はしていなかった。

だが、頓服程度にせよ、その薬を10年以上、ことあるごとに服用し続けた結果

薬が切れてくると過呼吸を起こすようになり

心臓の疾患も持つようになった母には、深刻なダメージを与えるので

3年ぐらい前から私も問題視するようになってきた。


専門のクリニックに相談してみたが

皮肉なことに服薬量がさほど多くないために

身体の治療の方を優先に、としか答えようがないらしく

なんとも埒のあかない期間を過ごすしかなかった。

一度、あるクリニックに行って、別の薬に替えてもらった時期もあったが

母は、長年飲んでいた薬の方がいいと言って、また元に戻してしまった。

状態が落ち着いていると、

私も、老い先も長くないし、好きなようにしてもらおうと容認した。


昨年、父が急死した日を境に

母の服薬量が増えてしまった。

父は自室で亡くなっていたので、そのショックを抑えるために

いつもより多目に飲んでしまうのを

「飲むのをやめて」とは私も言えなかった。

私も気が遠くなりそうな思いだったし

多いと言っても、もともとの処方量の一日3錠を越えてはいなかったので…。

ところが、葬儀もろもろが終わってからの方が、母の身体に一挙にダメージが現れはじめ

私は父の四十九日を待たずに、母も地上を離れてしまうのではないかと思った。


ネットで近所の整骨院で自律神経にはたらきかけてくれる気功治療をしているというので

母を連れていった。

母は、行きつけの場所以外は行きたくない性分なうえに

気功治療ということにおおいに抵抗を示したが、

あまりの変調に折れて、しぶしぶ足を向けた。

その整骨院の先生は、既往歴や現在服薬している薬について聞いてきた。

そして、母が手放せなくなっているその薬の名前を聞くと

「その薬を飲んでいる方は、治療できない」ときっぱりおっしゃった。

母も私もその対応にびっくりしたが、依存症についてご存じの先生のようで

母にもわかりやすく話をしてくれた。

それから、かと言って急な断薬は危険だから気功治療と組み合わせて、少しずつ減らしていっては?

と提案してくださったので

母は毎週、通院しながら、おかげで服薬量も増えることなく減ってきている。

ただ、心臓疾患によるものか、禁断症状なのかわからない不穏な状態もあり

いつしか、私は、母の様子に左右されるようになってきていた。

12のステップを使って距離を取ろう!と思うのだが、

私のソブラエティ22年の自負が、かえって自分や母を追い詰めてしまう。


このままでは、マズイ!


そんな頃、ツイッターでMDAAという集まりを知った。

本当に、ひょんなタイミングだった。

私も、ツイッターを隅から隅まで読んでいるわけではない。

たまたま目にした可愛らしいアカウント名が気になって、タイムラインを見ただけ。

そこでリツートされていた記事で知ったのだ。


参加させてもらって、

当事者の方たちの話の中に

これまで埒があかなかったことへの答えが感じられた。

断薬や減薬の正しいやり方を、医療の現場が知っているわけではないこと

どころか、味方ですらないこともままあるということだ。

この問題に関しては、私も砂漠を歩くしかないような途方に暮れる気分だったが

ミーティングに参加させてもらっただけで、オアシスを見つけたように気持ちが潤うのがわかった。

母はこちらのミーティングに通うことは身体的に難しいし

その薬の禁断症状が先か、寿命が先かを見守るしかない状況は変わらないと思う。

だが、私の中で、変に服薬量が少ないが死が近い母のことを自分のことのように聴いてくれた人たちがいるということは、味方を見つけたということ、希望を感じられたということだけでも

力をもらえたのだ。



ふと思ったが、

たとえば「アルコール依存症」。

今でこそ、多くの世間の人達も知っているし

専門の治療機関も多くある。

だが、1世紀前では、まだ病気という認識もなく

味方になってくれる人はほんのひと握りだったろう。

でも「始める」人々がいて、私の所にまで回復のメッセージが届いた。

他の依存症もそうだ。ギャンブル依存症や買い物依存症、共依存症…

始まった時は、一つのグループ、しばらくは二つのグループしかなかったり。

それが数年後には全国に広がっているのを見ると

ひとつの奇跡を見ているようだ。



この小さな(失礼)集まりも、広がっていきますようにと

応援したいです。



https://dr1974.amebaownd.com/posts/3002280

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